タヌキの動く城

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第95回アカデミー賞 短編ドキュメンタリー部門ノミネート作品感想

いよいよこの時期がやってきました。
映画の祭典、第95回米国アカデミー賞

毎年2月が恒例のオスカーですが、一昨年ぐらいからコロナの影響などで時期がズレにズレ4月とかにやっていたのが、今年はようやく少し戻って日本時間3月13日に開催されることが決定したそうです。相変わらず月曜日早朝(アメリカ時間の日曜夜だから仕方ないんだが)という日本で生活する社会人にはなかなか厳しいスケジュールではありますが、今年もしっかり有給をもぎ取って、家で缶チューハイ片手に米国中のスターオブスターが集まる年に一度のステージを楽しみたいと思います。

そんなアカデミー賞、毎年だいたいスケジュールが決まっています。
中でも重要になってくるのが、GG賞が終わったあたりで行われるノミネーション作品の発表。アメリカ中、ひいては世界中から来た膨大な数の応募作はまず一度「ショートリスト」と呼ばれる一覧にまとめられ、その中から選りすぐりの作品だけが賞レースに参加できるというわけなんです。

今年も去る1月24日に無事にノミネーション発表が行われまして、A24製作「Everything Everywhere all at once」の最多ノミネーション快挙や、2022年の話題作「トップガン マーヴェリック」の作品賞食い込み、まさかのダークホース「逆転のトライアングル」の躍進劇など、映画界隈は大いに盛り上がっていました。

しかも、今年のノミネーションプレゼンターは「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」の主演や、去年の短編実写作品賞受賞作「The Long Goodbye(原題)」でプロデューサーも務めたリズ・アーメッド!大好き!最高!次の007は絶対彼にやってほしい。頼んだぜ。

【面白い作品が見たいなら”ドキュメンタリー”を見逃すな!】

ということで、来る3月13日に向けてこれから一生懸命ノミネーション作品を見なくてはいけないわけなんですが、24ある部門の中でも私が毎年地味に楽しみにしている部門があります。それが「短編ドキュメンタリー賞」

アカデミー賞にはドキュメンタリー部門が2つ用意されておりまして、尺が40分以上だと「長編ドキュメンタリー賞」、40分未満だと「短編ドキュメンタリー賞」になります。ちなみに、長編も短編もアカデミー賞の第14回(1940年代)からあるということでかな〜〜〜り歴史の長い賞なんですが、毎年何が獲ったところでほとんど話題にならないことでもお馴染みです。新参(2001年設立)の長編アニメーション部門はあんなにワーキャー言われるのに……

そんな影の薄いドキュメンタリー部門ですが、実は毎年めちゃくちゃ粒揃いで本当に面白い作品が集まっている隠れたミラクル部門なんです。ほんとです!!信じてください!!

その証拠に、長編ドキュメンタリー部門であれば2020年にノミネートされたシリアのアレッポで活動する記者夫婦が生まれたばかりの娘に向けて内戦の様子を記録したドキュメンタリー「娘は戦場で生まれた」は、日本でも劇場公開されたりEテレの「ドキュランドへようこそ」で放送されたりと話題になりましたし、

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2021年の受賞作であるNetflix「オクトパスの神秘: 海の賢者は語る」は、メスのタコとメンタルブレイクおじさんのラブラブ生活を記録した作品で、タコちゃんの愛くるしい姿で数々の人間を魅了し、二度とタコの刺身を食うことができないようにするきっかけにもなりました(なってない)。

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ちなみに昨年2022年も、伝説のウッドストックライブを記録した「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」や、アニメーションで難民のインタビューを描いた異色のドキュメンタリー作品「FLEE」が並ぶ、これまた豪華な布陣だったんですが、長編ドキュ部門のプレゼンターを務めたクリス・ロックが大ヘマをやらかしたせいでウィル・スミスぶちギレ騒動の舞台になり、散々な目に遭いました。あの騒動が「長編ドキュメンタリー部門」の発表の場で繰り広げられていたことを覚えている人間が一体何人いようか……

 

そんな隠れたメチャ面白作品が集まる「長編ドキュメンタリー部門」ですが、それに負けず劣らずスゴイ作品が集まるのが「短編ドキュメンタリー部門」なんです。なんなら尺が短い分「この短尺で、見たことないモノ見せたるわい!!!!」みたいな異様な気合が入った豪速球みたいな作品ばっかりくる。

昨年2022年も、米国のホームレス問題を描いたNetflix「私の帰る場所」や、ろう学校の超強豪アメフトチームを舞台にしたNetflixオーディブル: 鼓動を響かせて」など時代を切り取った新鮮なテーマが多く、個人的には大満足の年だった。

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(↑ちなみにオーディブルは、作品賞を受賞した「CODA あいのうた」と同じ”ろう”がテーマだったが、個人的には「オーディブル」の方が好みでした。彼らの音に頼らないコミュニケーションがスポーツの世界でむしろ強みになっているという事実に痺れたし、体と体がぶつかるくぐもった音の演出とかもかっこよかった。オススメ!)

特に近年は、難民問題や女性問題、貧困などに寄り添う作品が多く、社会を見るという意味でも、素晴らしい作品が数々揃っているように感じる。尺が短いからといって制作の大変さは長尺と相違ないんでしょうが、なんとなく長尺よりも軽やかに最新のトピックを取り上げやすいのかな〜と思ったりしている。

ちなみに結構前ですが、「ピリオド -羽ばたく女性たち-(2018)」アカデミー賞受賞した際に、壇上でのスピーチが非常に感動的で「ついにアカデミー賞の場で生理の話ができるまでになりました!」と製作者が涙ながらに語っていたのが印象的だった。

さらに「短編ドキュメンタリー部門」の魅力は、なんといっても見やすさ!!!だいたい20分〜40分くらいの作品が多いので、あまり気構えずに見始められて1本で完結するのもいいところ。最近では全編YouTubeで公開してくれている太っ腹な作品などもある上に、後々日本のテレビ(主にEテレ)で再編成されて放送されることがあったりと、何かとアクセスがしやすいのもお気に入りポイントの一つ。

アカデミー賞というと、作品賞や監督賞など華々しい部門がフィーチャーされがちだが、ぜひ今年は世界の素晴らしい才能たちが世界をどう切り取ったかがわかるドキュメンタリー部門にも目を向けてみてはいかがでしょうか。

【今年の「短編ドキュメンタリー」ノミネーションはコレだ!!】

ということで、アカデミー賞の隠れた名部門・短編ドキュメンタリー賞を紹介してきたわけですが、ここで今年第95回の顔ぶれを紹介していきたいと思う。

  • 「エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆」(Netflix
  • 「HAULOUT」(The Newyoker)
  • 「HOW DO YOU MEASURE A YEAR」
  • 「マーサ・ミッチェル ー誰も信じなかった告発ー」(Netflix
  • 「Stranger at the gate」(The Newyoker)

あいかわらずNetflix強ェ〜〜〜〜。もはやドキュメンタリー界隈ではNetflixは最強格になって久しく、今年もしっかりブイブイ言わせている。

そして地味に刺さってきたのがThe Newyoker。確か去年はノミネーションなしだったと思ったんですが、今年は2作も入るサプライズ。しかも、両方めちゃ秀作な上になんと公式が全編配信しているという気前の良さ!素晴らしい!

個人製作と思われる「HOW DO YOU MEASURE A YEAR」だけは、見ることができていないんですが、他の4作が非常にアクセスしやすく、しかもどれも超面白い当たり年。早速、今年のノミネーションがどんな作品か紹介していきたいと思います。

 

「エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆」(Netflix

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まず最初は、南インドで親を失った野生の仔象の飼育をしている夫婦を追ったこちらの作品。40分と短編にしてはしっかりめの尺ですが、象のかわいさや南インドの美しくワイルドな自然は非常に見応えがある。

中でも注目したいのが、人間と動物がまるで家族のように暮らす光景。野生のゾウの飼育は当然簡単なものではなく、特に仔象の飼育は主人公のボムマンとベリ夫婦が初めて成功させたそう。ボムマン自身も先祖代々聖なる生き物であるゾウの世話をしていることを誇りに思っており、まるで本物の親子のようにゾウを家族として迎えている。
彼らが迎えた仔象ラグは、親を亡くし瀕死の状態だったところを保護されたゾウ。子供の頃から人間に育てられたラグにももう野生には戻る居場所はなく、ほとんどゾウの姿をした人間の子供のよう。体の大きさは全く異なるけれど、鼻と手をつないで歩く様子は子供が親に甘えるようで、これを”家族”と呼ばずになんと呼ぶのだろうと思わされる。

南インドでは、たびたびゾウによって村が襲われる被害が発生しており、ゾウが害獣としての扱われることも多いという。貧しい村々も少なくない地域では、いくら絶滅が危惧されるとはいえ、畑や人に被害が出たら手を出すなとは言えないだろう。

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でも、ボムマンとラグ親子のように、互いを愛しみながら生きている姿を見ると、こちらが与えようとすれば動物も応えてくれるのではないか、人間は今まで自然から「貰おう」とし過ぎていたのではないか、と思わずにはいられない。

また、このドキュメンタリーのすごいところは出演者たちの自然体な姿をカメラに収めているところ。監督はインド人のKartiki Gonsalvesさん。この個人HPのまた素敵なこと……

www.kartikigonsalves.com日頃からインドを拠点に自然や社会をテーマにしたドキュメンタリーを製作しているそうなんですが、個人のインスタグラムに載せている「エレファント・ウィスパラー」のオフショットを見ると本当にボムマンやラグたちと仲良しなんだな〜!とわかる写真がたくさんアップされていて思わずニッコリしてしまう。

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こんなにナチュラルな表情を引き出せるのも、Kartiki Gonsalves監督がちゃんと信頼を勝ち得たからなんだな〜というのが分かるのもこの作品の好きなところ。

 

「HAULOUT」(The Newyoker)

続いてご紹介するのが「HAULOUT」。こちらは25分とやや短め。
なんとYouTubeで全編無料で見れます!!!太っ腹〜〜〜!!!

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ロシア人の海洋生物学者・Maxim Chakilevさんが、シベリア沖で毎年秋に行っているある調査の記録をしただけの作品なんですが、もうマジでこれとんでもない作品です。

まずスゴイのがナレーションやインタビューが一切ないところ。Chakilevさんが記録のために発するボソボソした喋り声以外は、一切人の声が入らない。寂しい風の音や、ゴウゴウと鳴る波の音など自然の発する音だけが響き渡る。しかも映像はずっと薄曇りの寒々とした北の海。

でも、そんな攻めた演出が許されるどころか、逆にとんでもなく効果的に仕上がってるのがこの作品のさらにスゴイところで、とりあえず最初の6分目まで騙されたと思ってみてもらってもいいですか???本当に今まで絶対に見たことない光景を見られると保証します。信じてください。私は腰が抜けました。

「HAULOUT」という単語自体が「引き摺り出す、引き上げる」という意味なんだそうですが、まさにその通りで海から大量に押し寄せる"彼ら"の決して快適ではなさそうな姿には、もはや何らかの大きな力によって意志に反して引きずり出さされているようにも見えてだんだん怖くなってくる。

目の前に広がる圧倒的な自然のパワーと、それを黙々と観測し続ける生物学者。彼が観測を続けていることによって一体何が分かるのかというのが最後の最後で明らかになるんですが、その理由を知ってから改めてこのドキュメンタリーで描かれる光景を見ると、とても深刻な気持ちになる。

映像としての圧倒的なインパクトだけでなく、この映像を見ることによってより環境問題の深刻さについて考えさせれるという点でも、今回この「HAULOUT」が他のノミニーと比べて頭ひとつ抜けた仕上がりになっているなというのが個人的な感想でした。こういう作品があるからドキュメンタリー見るのやめらんね〜んだよな〜〜!?!?!

 

「マーサ・ミッチェル ー誰も信じなかった告発ー」(Netflix

続いてもNetflix作品ですね。こちらは自然物ではなく、ウォーターゲート事件についてニクソンの側近であったミッチェルの妻・マーサの視点から描いた近代史もの。

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なんで2023年の今、ドキュメンタリー界隈では擦られまくったウォーターゲート事件を??と思ったんですが、蓋開けてみたら昨今の#Metooなどの近からず遠からずというか、いわゆる「権力に口を塞がれた女」についての話だったので驚き半分、とても興味深く見た。

主人公であるマーサ・ミッチェルは、ニクソン政権で司法長官を務めたミッチェル(知らんかった)の元・妻で、当時の政治家妻界隈が3歩下がって夫を立てる人ばっかりだった中で男に混ざってパーティーを楽しんだり、酔ったテンションでマスコミの知り合いに電話かけまくったりするなかなか豪快なタイプの夫人だったそう。最初こそ庶民人気もあったので、発言の危なっかしさを危惧されつつ政権も泳がせていたらしいんですが、だんだんと現政権の後ろ暗いところに気づき始めたマーサが爆弾発言をすることを恐れたニクソン政権は、急にマーサを「狂人」に仕立て上げ、その発言は全て妄想だというふうに世論を操ろうとし始める。

ちなみに当然のちのちウォーターゲート事件は真っ黒だと判明し、それによってマーサの発言は妄想ではなかったと分かるわけなんですが、そういう「個人の妄想だと思われていたことが後々事実だと分かるプロセス」を「マーサ・ミッチェル効果(Martha Mitchel Effect)」というそうです。ちなみに、マーサよりも前に同じような目にあって理不尽に口を塞がれた人(中でも女性は)多かったろうに、ここまでこういった症例に名前がつけられず、反抗する術もなく消えていった人がいたのだろうと思うとゾッとする。

ちなみに若干テーマが違うが、現在公開中の「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」も権力者であるハーヴェイ・ワインスタインが、被害者女性に金を押し付けて口を封じる契約を結ばせて悪事を働き続けていたということが明らかになる話で、そのことを思い出したりもした。性犯罪を受けた人が被害を訴えようとしても証拠になるものが提出できず「妄想だ」と決めつけられ口を封じられることも消して少なくないだろうし、政治や映画以外でも権力者男性が活躍する海面下に「マーサ・ミッチェル」状態の人がどれほどいるんだろうと暗い気持ちになった。

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「Stranger at the gate」(The Newyoker)

ラスト!こちらもThe Newyoker製作の作品で、舞台は現代のアメリカ、インディアナ州。全編30分YouTubeで無料で見られるよ〜!(日本語字幕なしなのでなかなかハードですが、私でも分かったので意外と大丈夫だと思います)

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こちらも近年話題になりやすい人種差別やレイシズム、白人男性による加害をテーマに扱った作品で、メインとなる語り手は軍隊出身でPTSDを抱えた中年白人男性・Richard McKinneyさん。学校に馴染めず、早い段階で薬物の販売などに手を出してしまった彼は、18歳になると海兵隊に入隊する。アフガニスタンで戦争に参加した彼は、帰国後もイスラム教徒への深い憎しみを抱き続ける。ある日彼は、地元のモスクへの襲撃を計画する。実際に武器を手にしモスクを訪れるまでに至るが、そこから自体は予想外の方向へ展開していく。

この筋書きだけ読んで、「白人男性」「イスラム教徒」「モスク」という単語で、大体どんなことが起ころうとしたのかある程度恐ろしいイメージが脳みその中に浮かんだんじゃないでしょうか。おそらく、それがこの作品の制作者たちの狙いであり、それをひっくり返すことがこの作品の最大の目的なんだと思う。

この作品では、主人公であるRichardのほか、彼の妻とその連れ子、そして襲撃があった際にモスクに通っていたイスラム教徒の男女3人がインタビューに出演する。妻と子から語られるRichardは、楽しく頼れる家族の一員としての彼の姿を語る。そして、難民生活などを経てインディアナ州にたどり着いたイスラム教徒たちは、Richardがモスクを訪れたときの様子を語る。どちらも正しく、どちらもRichardの姿。彼の事を全く知らない状態で要素だけを取り上げれば「レイシストの白人男性」だが、様々な角度から分解していくことでRichard McKinneyという一人の男性のが浮かび上がる構成になっているのだ。

「白人男性は相手を加害するだろう」「イスラム教徒はそんな白人男性に殺されるだろう」。誰もが無意識に抱くそうした偏見、そしてそこから勝手に想定される物語を全部ひっくり返すことで、他人をラベリングすることの虚しさやバカバカしさを描いているように思う。そして、その語り口はどこまでも暖かく、人はいつでもやり直せるんだ、改め直せるんだという事を優しく語りかけている。世の中がギスギスしていて、つい人を裁きたくなってしまうがそういう時にこそ見てほしい一作だ。

 

 

以上、今年の第95回アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門ノミネーション作品の感想でした!「HOW DO YOU〜」だけ何としてでも見たいんですが、全然見る方法が見つからない!ぜひ日本でも公開してくれることを祈るばかりです。(そしてぜひ字幕をつけてください)

地味だけど粒揃いの短編ドキュメンタリー部門、ぜひ見てみてはいかがでしょうか!